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2006年08月12日(Sat)▲ページの先頭へ
報道の経済的影響

駒橋恵子:御茶の水書房

永らくエントリーの更新をサボっていた。
本を読んでいなかったわけではないが、エントリーをまとめる時間的余裕がなかったのだ。
もしかすると、タイトルだけでも整理しておくべきだったかもしれない。
それが、再開することになったのは、夏休みを利用して数冊を読み込み、書籍や論文の評価をしなければならなくなったから。
最初に取り掛かったのが本書だ。
総ページ数473ページ。著者の博士論文をベースとしたもの。これでも、最初の論文を3分の1に圧縮したと言う。

本書は5章立てとなっている。
第一章は理論編。
社会学、経済学、経営学のそれぞれの領域から「報道の経済的影響」についての先行研究が整理され、加えて複雑系の視点も加えて著者の主張を浮き彫りにすることを試みる。
第二章は報道のプラスの効果。
第三章ではマイナスの効果の実例が示され検証される。
第四章では、歴史を遡り、ジャーナリズムの発展の跡をたどりつつ、経済との関係を解き明かそうと試みる。
第五章において、新聞メディアの国際比較を行い、日本の新聞メディアが経済に大きな影響を与える日本的要因について考えている。

しかし、それにしても大部の著作だった。
さまざまな先行文献を猟渉し、よく勉強しているし、あらたな情報も数多く得られた。しかし、全体としてみるとやや冗長で読み続けるのがツライ。

また、著者の主張は『報道が市場のゆらぎ効果を増幅し、自己組織化を促進する』という複雑系チックなものであるが、『ゆらぎ』ということばを多義的に使用しているため、主張そのものがあいまいに流れた傾向がありはしないか。
具体的に言うならば、著者はエントロピーの増大によりカオスに向かおうとする動きについても、その中から新たな秩序が生まれようとする自己組織化のベクトルについても『ゆらぎ』ということばを使っている。
ちなみに著者は「これまでに、経済事象はニュース報道等によって実況中継され、議題設定の指標となり、組織内外の合意が形成されることを指摘した。この一連の経済効果を本書では『ゆらぎ現象の増幅効果』とする。」と定義している。

学術的価値 3/5
実証性   4/4
独自性   3/4
論理性   3/4
文章表現  3/3

合計   16/20
やや力不足であるが、可能性はある。





2006年01月30日(Mon)▲ページの先頭へ
サステナブル時代のコミュニケーション戦略

宮田穣:同友館

個人的感慨から語らせて欲しい。団塊の世代に属する私は、1971年に大学を卒業し社会に出た。オイルショックの影響で日本経済が翳りを見せる74年までの僅かな間、高度成長の名残を垣間見た。
新入社員の目からみても熱気に溢れた時代だった。モーレツビジネスマンが家庭をなげうって仕事に没頭し、会社の成長と日本経済の発展と、自らの生活の向上という3つの果実をともに享受することが出来た。
公害問題などの萌芽をその陰に宿していたとはいえ、個人目標・組織(企業)目標・社会(国家)目標が同心円を描く、幸せな時代だったといえるだろう。
同じ同心円構造を「坂の上の雲」にも読み取ることが出来る。司馬遼太郎は明治期を、個人の抱いた青雲の志が、そのまま組織と国家の発展とつながる、勃興期特有の牧歌的な時代として描き出している。疑うことを知らぬまま邁進することを許された時代である
オリンピックを控えた今の北京や上海にも同様の傾向があるのかもしれない。

しかし、今日の日本を眺めると、個人と組織と社会のベクトルはまちまちだ。
IT化、企業の多国籍化、地球環境問題がグローバルなステージを用意する中、国家の役割が問われ、国のアイデンティティはクライシスに瀕しているかに見えるし、企業は社会的使命を問い直し、ガバナンスや雇用形態、ヒエラルキー構造など、旧来の経営パラダイムそのものを疑いだしている。団塊の世代は定年後の不安におびえ、若年層は閉塞状況の中、目標の喪失に悩んでいる。
若者の「自分探し」を嗤うことは出来ない。個人も組織も社会もおしなべて「自分探し」の戸惑いのさなかにあると言えないだろうか。

こうした中で、著者が新しい時代の企業経営パラダイムとして提示するのが『サステナブル企業』である。
『サステナブル企業』は本書では次のように定義されている。
「経営理念として企業の社会的責任(CSR)を重視し、トリプルボトムライン(経済面・環境面・社会面)を事業活動の基本機能として組み入れており、NPOとのパートナーシップを推進することでサステナブル社会の実現と事業発展の両立を目指している企業」
『サステナブル企業』は、70年代半ばから注目されてきた「コーポレートシチズンシップ」を備えた企業の系譜に連なるものだろう。しかし、エルキントンの主唱するトリプルボトムラインを取り入れたところに本書の特徴があり、それ以上にNPOとのパートナーシップを積極的に評価するところが著者独自の新しい見解といえるだろう。
事業による収益性を重視する企業と、社会的使命感に基づく活動性を追及するNPO。この両者が共通の社会的問題解決を目指して協業するプロセスで、相互作用を通じて双方の価値観が変容を遂げ、社会の論理と企業の論理とNPOの根底にある個人の論理の融合が進むのではないかと説くのだ。
ここで、著者はこの協業の企業側とNPO側それぞれの担当者に注目する。「つなぎ手」と名づけられた彼らは、双方の組織および社会そのもののチェンジエージェントとして機能すると指摘している。
私は、個人と組織と社会のベクトルを併せようとするとき、慣性の法則に支配された組織自らが変革の起点となることは望み薄であり、その原動力となるのは個人のエネルギーだろうと思う。
その個人として私は、経営者・起業家とならんで自律した市民に注目している。その点、著者のいう「つなぎ手」の可能性に期待したいと思っている。NPOが玉石混交とはいえ、新しいポテンシャルを持っていることは疑いないだろう。

本書は、著者の博士論文を一般向けにまとめ直したものである。元になった論文は03年から04年初頭に書かれている。CSRの一般化前夜の状況がレポートされており、ブームに雷同することなくきめ細かな事実やデータを積み重ね、CSRの本質を考察した好著といえる。




2006年01月02日(Mon)▲ページの先頭へ
プロフェッショナル広報戦略

世耕弘茂:ゴマブックス

05年の1月だったと思う。
たまたま別件でプラップ・ジャパンに行き、矢島社長と雑談した。
自民党のPRコンサル選定コンペで、同社が選ばれた直後だったので、その話題になった。
その時、ぼくが矢島社長に言ったのは、「レコード・マネジメント」をしっかりすべきだと思うということだった。
「レコード・マネジメント」とは、その時点時点での記録をしっかり残し、同時にそれに関わるエビデンスをしっかり記録として保存する業務運営のやりかたのことで、紛争の対処にあたっては必須とされている。
ぼくがそう言った背景は2つある。ひとつは、政党のPRという従来は余り見られなかった(とはいえ、民主党はフライシュマン・ヒラードを起用し、既に取り組んでいた)作業であることからケーススタディとして残すべきと思ったため。
そしてそれ以上に、このプロジェクトは失敗すると踏んでいたのだ。
そもそも日本の政党、なかんずく自民党は、意思決定のプロトコルが不明確で、多くの関係者が無責任に発言する。そうした特徴を持つ組織でPRコンサルティングがうまく機能したためしは無い。
いずれ、このコンサルティング業務が隘路に迷い込んだとして、その責任をPRエージェンシーに押し付けられてはたまったものではないので、自民党のリーダーシップ不足を証明する証拠を残しておくべきだと思ったのだ。
あにはからんや、このプロジェクトは衆議院選挙における自民党の大勝という思ってもいない成果に結びついた。

後日、歴史的大勝を果たした後の世耕弘茂議員にあったとき、この話しを披露し、不明を恥じるといったところ、その懸念はもっともだとの返事だった。

そもそも、外部コンサルの起用を提案したのは世耕弘茂議員だが、当初プラップ・ジャパンのカウンターパートナーは、職責上、自民党の広報本部長の根本匠衆議院議員だった。
解散になって初めてコミュケーション戦略チームが編成され、世耕議員がプロジェクトリーダーとして総責任者の立場に登場した。
根本議員がリーダーだった時代も、それなりの着実な動きをしていたようだが、解散総選挙で臨戦態勢に移行し、世耕議員がリーダーとなって初めて、これまでの自民党では考えられないようなシステマチックな戦略展開が稼動しはじめたのだ。

その世耕マシーンの具体的活動と、世耕議員のバックボーンを形作ったNTT広報での経験や、ボストン大学大学院で学んだこと、そして従来の自民党の広報体制や意識をつづったのがこの本だ。

はっきり言おう、世耕議員なくして自民党の広報戦略の成功はありえなかった。
世耕議員が自分の思い通り動けた理由として、武部幹事長がほぼ100%権限を委譲してくれたことが挙げられると世耕議員本人はいう。
もしそうなら、自分がこの領域に無知であることをちゃんと知っている武部幹事長は、大変な大物かもしれない。「大賢は大愚に似たり」という。
日露戦争の大山巌陸軍総司令官に匹敵するというのは褒めすぎだろうが、世耕議員がリーダーシップを発揮しえた背景にも注目する必要がある。


2005年12月29日(Thu)▲ページの先頭へ
深呼吸宣言

橘川幸夫:オンブック

橘川幸夫は『横丁の哲学者』だ。
「深呼吸宣言」を読むとそれが良くわかる。
「深呼吸宣言」は、橘川がこれまで書き重ねてきた文章の中から、彼を慕う若者たちが珠玉のフレーズを選び出し、橘川が撮りまくったデジカメ写真とあわせ編集したアフォリズムである。

「アフォリズム」。大辞林によると《簡潔な表現で人生・社会などの機微をうまく言い表した言葉や文。金言。警句。箴言(しんげん)。「芸術は長く、人生は短し」の類。》
パスカルの「パンセ」、芥川龍之介の「侏儒の言葉」などに見られる表現形態だ。
これらのいずれもが、アフォリズムを意図して書かれたもの。
しかし、「深呼吸宣言」は文章の断片をピックアップしたらできちゃったというところがすごい。いまはやりの「できちゃった出版」なのである(?)。
橘川自身があとがきで《僕の文章は評論でもエッセイでもなく、音楽の、フレーズだと思ってきた。》と書いているところにその秘密があるのだろう。

読み飛ばせばものの15分で読み終える分量だが、味わいつつ読むと大変だ、読者に行間を読むことを強いる。
書くほうはもっと大変だろう。短いものほど筆者の人間性や見識があらわになってしまうのは、メールと同様だ。
人間性にさもしさが勝ると、「世故に長けたコトバの連なり」になったり、「鼻持ちならない浮ついた言葉」になる。
橘川が学生の頃から一貫して、損得勘定を省みず好きなこと信じることに、周辺の友人を巻き込みつつ向こう見ずな試行錯誤を重ね、ドラマチックな浮き沈みを繰り返してきたからこそ、「含蓄ある味わい深いコトバ」や「はたとひざをうつ本質的表現」を紡ぎ出せたのだろう。

例えばこれはどうだ。
■ロックとは表現欲求より、コミュニケーション欲求が勝ってる状態のことだ。
そうだよなぁ。だからロッカーは歌が下手でもかまわないのだ。
■信念を持たない奴は嫌いだが、自分の信念を疑わない奴はもっと嫌い。
多いんだよ、この手のやつが最近は。ジョージ・ブッシュと彼のポチなんて、こ
の代表だよな。

橘川幸夫の囚われないライフスタイルが、時代をうがつ自由なアフォリズムを生み出し、横丁の哲学者を誕生させたのである。



2005年12月04日(Sun)▲ページの先頭へ
グローバル・メディア産業の未来図―米マスコミの現場から

光文社新書:小林 雅一

インターネットがもたらすアメリカのメディア産業の変化と集合離散の状況を、将来にレポートしている。
ネットを通じ断片的に耳にしたニュースだが、その文脈をこの本で辿ると、シュツルムウントドランクの生々しさが、驚きとともに迫ってくる。
おすすめの一冊。



ブログマーケティング

四家正紀:翔泳社

企業ブログをいち早く立ち上げたカレンの四家さんがその経験を盛り込んで書き上げたブログマーケティングのノウハウ本。
シックスアパートの関さんを交えた座談会のコーディネーションをしなければならないので、大急ぎで読破した。
企業ブログは“商談”だ、目的意識をもっての雑談が効果的だとの説に激しく同感。



2005年07月02日(Sat)▲ページの先頭へ
虚像(メディア)の砦

真山 仁:角川書店

真山仁の作品には共通の特徴がある。
現実にあった事件のプロットを下敷きに借りつつ、独自の解釈を加えフィクションとして仕立て上げることだ。
今回の作品では、その前半でイラクでの邦人人質事件とその際の自己責任大合唱が素材としてとりあげられているが、どこまでがノンフィクションでどこまでがフィクションなのか判然とさせないのが著者の手法である。
ピカソは裸婦像を描くときヌードモデルをデッサンする。描きあげられた裸婦像はモデルの姿でもありモデルを離れたピカソの絵画である。
同じようなデフォルメが施された彼の作品を読むには高度なリテラシーが必要なのである。

著者はその前作において、朝日生命の経営危機、トーハトの破綻、日光金谷ホテルの再建などをモデルにしている。
これらのモデルが「知る人ぞ知る」事件であったのに対し、今回の事件は日本中の耳目を集め、いまだ記憶に鮮明な事件だ。
真山スタイルが社会からどう受け止められるのか、今回作がリトマス試験紙かもしれない。

さて、報道局の正義派ディレクター、お笑いで視聴率を稼ぐ敏腕プロデューサー、テレビ局を監督する総務省の女性キャリアを軸に、知られざるテレビ局の仕事を描くこの小説の後半部で、このテレビ局は粉飾決算が発覚し、地検の強制捜査を受けるなどの激震に見舞われる。
その対応のプロセスから、現在のテレビ局が抱える経営の脆弱さ、総務省監督下の護送船団体制の実態、政治との緊張関係の裏側に厳然と存在している凭れあい関係の実像が明らかになってくる。

地上波テレビは長くマスメディアの首位の座を保ってきた。
その上にテレビメディアは栄耀栄華を誇ってきた。
しかし、その繁栄の時代は終わろうとしている。
若者のテレビ離れの傾向は顕著であり、
インターネットの成長はテレビの接触時間の減少を招き、
HDDレコーダによるCMをスキップする視聴形態の一般化は収入の基盤である広告の効果に疑問を生じさせ、
BSデジタルやCATVのチャンネルの増加は、視聴率の分散につながり、
地上波テレビの圧倒的影響力を減殺させている。

20世紀後半。私たちは、マスプロダクション、マスセールスなどさまざまな「マスの終焉」を目撃した。
T型フォードの大量生産にはじまった20世紀は、まさに「マス」が繁栄を誇り、経済成長をリードし、やがてそれが多品種少量生産に移行することで「マス」が効果をうしなっていった世紀だったのだ。大衆は姿を消し、少衆・分衆が現れてきたのだ。
そして、唯一21世紀初頭まで生き延びてきた「マス」が「マスコミ」である。
その王者であるテレビが今、「マス」を捉えきれなくなっている。

そんな時に、地上波テレビのデジタル化の波が襲い掛かろうとしている。
2011年以降、各家庭にあるアナログテレビは見られなくなる。地上波テレビがデジタル放送に完全移行するからだ。
これに要するテレビ局の放送設備更新の費用は半端ではない。
地方局の中ではこの負担に耐えれない放送局が続出するのではないかとささやかれ、地方局の倒産や合併、支援を迫られるであろうキー局の財政の悪化の想定される。
孫正義、堀江隆文による、2度のIT企業の放送局買収はいずれも失敗したが、3度目の正直は決してありえないことではない。

この小説に見られるような経営陣の醜態を、もしかすると5年を経ずして私たちは眼前にするのかもしれない。



2005年04月06日(Wed)▲ページの先頭へ
韓のくに紀行

司馬遼太郎:朝日文庫

久しぶりに再読。
韓国出張のついでに観光の時間が出来たため購入したもの。
最近文芸モノから遠ざかっていたため、すがすがしい思いとともに読了した。

この紀行の白眉は、文禄・慶長の役で、3000人の部下とともに韓国に身を投じた日本人武将「沙也可」の一族が棲みついた里「友鹿洞」を発見するところである。

大邱でタクシーを5000円でチャーターし友鹿洞を訪れた。
さすが司馬遼太郎効果というべきか、今では日本人が年間2500から3000人訪れるようになっているとか。
村では記念館を建て、VTRを作成し、日本語ガイドを置いて対応している。
ガイドしてくれたのは慶州金の金女史である。

この里はみな両斑階級で、時の国王から許された賜姓金海金を名乗っている。
「沙」の字が砂金を思わせることで金海金の名前を与えたという。
どうにも、わからない話だ。
新しい本貫を創ればいいだけの話と日本人のぼくには思える。

その「金海金」。
釜山の空港は金海空港だが、ここから北西に20分ほど車で走ったところにある人口20万人ほどの市だ。金官伽耶の都の跡。
山を背に、海が前に広がる洛東江の沖積平野だ。古代から稔り豊かな地で、早くから人が住み着いていたとみえる。
司馬遼太郎も任那日本府の所在地としてここを訪れている。

金官伽耶国の初代首露王の陵は日本円70円ばかりで日本語ガイドがつく。
こちらは忠清金の流れを汲む金女史。
首露王の妻はインドから来た、その娘の一人が日本に渡り卑弥呼になったと説話を教えてくれる。
卑弥呼説話の信憑性はさておいて、地の利を活かして海外との交流が盛んであった土地であることは疑いない。
国という概念が未成立の当時にあっては、ここと北部九州とは同一の国といってもいいぐらい頻繁な交流があったのではあるまいか。
文禄・慶長の時代に時代は下っても、倭寇と連携していたと思う。
その当時は、金海金は歴史的に日本と同族との認識が一般的であり、金海金≒日本との常識が存在していたのではあるまいか。
だからこそ沙也可に対し、ためらわず賜姓金海金の名乗りを許したのではないか。
そんな仮説が頭をよぎった。

司馬遼太郎の目を通して、日本と韓国の知られざる過去の関係性が浮かび上がってくる。




2005年03月22日(Tue)▲ページの先頭へ
情報セキュリティで企業は守れるのか

湯川 鶴章, 細坪 信二, 原田 泉:NTT出版


ネットは新聞を殺すのかと同様、国際社会経済研究所の研究プロジェクトの成果をまとめたもので、前作でも執筆者に名を連ねていた湯川鶴章が2章を受け持っている。

「ネットは新聞を殺すのか」「情報セキュリティで企業は守れるのか」。ともに書名が「か」で終わっている。
これは、本作りにあたっての問題意識が明確であることを示している。

9・11以降のアメリカでは、「ビジネス・コンティニュイティ」の概念が急速に浮上している。
90年以降社会の情報化が進む中で情報システムに対する危機管理が求められるようになったが、その当時は主としてハッカーの攻撃を回避する情報セキュリティやデータの消失からのリカバリが主要な関心事だった。
やがて、情報システムやデータを守るだけでなく、災害や犯罪やテロに対する危機管理と一体的に対応する必要性が認識され、災害リカバリの考えが生まれた。
9・11は、情報システムやデータばかりでなく、職場も人も全てが一挙に消失するというそれまで全く想定していなかった事態だったのだ。
こうして、いかなる事態に直面しようと、粛々とビジネスを継続するためのトータルセキュリティシステムとしての「ビジネス・コンティニュイティ」の考えが急速に一般化していったのだ。

本来「ビジネス・コンティニュイティで企業は守れるのか」と名づけるべきだったのかもしれない。

原田氏の総論に続き、湯川氏の筆で具体的事例を挙げながら、今日の企業が直面するさまざまなリスクの様相が語られる。
個人情報流失に直面したアプラスとTISの見事な対応。
宇治市の住民データ流失事件判決が示した個人情報流失の賠償額の基準。
日本たたきのために中国で開発されたウィルスの脅威。
機密情報を収集するソーシャル・エンジニアリングの手口。
レピュテーション保持のためのPRエージェンシーの活躍。
いずれも、知っているようで知らない、新鮮な情報を与えてくれる。
FACTのディテールを提示し、そこから帰納的に今日的課題を導き出し提示する語り口は、読者を引きずりこまずにはおかない。

第2部では、
「ビジネス・コンティニュイティ」に基づく具体的対応のフレームが提示される。
特に目新しく感じて興味を持ったのは、カリフォルニアで多く取り入れられているという「インシデント・コマンド・システム(ICS)」の考え方である。
惜しむらくは、第2部では具体的事例が乏しいためか、日本企業への適応について、イメージがわかなかった。
思うに、ICSを適用した日本企業事例が少ないのではなかろうか、記述が概念レベルにとどまってしまっている。
日本において危機管理の実務に携わっているメンバーがチームに加わっていれば、示唆が大きかったであろうにと、残念に思う。




2005年03月10日(Thu)▲ページの先頭へ
西武王国 −その炎と影

中嶋忠三郎:サンデー社

平成9年に著者の米寿記念で刊行したが、西武が全冊買取り、市中には全く出回らなかったという幻の著作。
この程度の内容の本を買い占めたとは驚きである。
確かに堤康二郎を巡る4人の妻妾や遺産相続の問題など、外聞をはばかる内容はあるが、さほど衝撃的暴露があるわけではない。

面白かったのは、正妻の座を巡っての争いと、そこでの人間模様。
堤清二と彼を生んだとされる操との親子関係に疑問を投げかけている。
そんなことってあるのだろうか。



2005年03月09日(Wed)▲ページの先頭へ
カンボジア号幻影

恵原 義之:新風舎文庫

畏友・恵原義之くんが、50代半ばをすぎてのインド駐在のつれづれに、若き学生時代のアジア放浪の旅をつづったもの。
彼がこんなに文章が巧みだとは思っても見なかった。旅のさなかに書き綴ったメモを傍らに置いての執筆だろう、人名や地名など正確な固有名詞をおさえつつ、69年当時の学生バックパッカーの旅をリアルに描いている。
表題の「カンボジア号幻影」と「南アジア遊行1969」の2作が収められているが、圧倒的に前者がいい。後者は紀行文の範疇を出ないが、前者は立派に文学に昇華している。

61年に小田実が「何でも見てやろう」を出版し、社会的注目を集めた。
64年、東京オリンピックを契機に日本人の海外旅行が自由化された。
これと前後し、テレビでは毎日放送がハワイ旅行を賞品としたアップダウンクイズの放送を開始、サントリー(当時の社名は寿屋)が「トリスを飲んでハワイに行こう!」のキャンペーンを始めた。
オリンピックで東京に外人観光客が多く訪れたこともあり、団塊の世代の若者の間では海外旅行が、夢や憧れから具体的な目標へと姿を変えた。
大阪外語の学生であった著者もまた、その熱気に煽られ、神戸からフランスのMMの客船カンボジア号の3等船客としてアジアの放浪に旅立ったのだ。

今でもバンコックのカオサン通りには当時の旅のスタイルが命脈を保っている。
行く先々で安宿に泊まると、同じような貧乏旅行者がたむろしている。そこで友好を温め旅行情報を交換し気ままに次の町に旅立っていく。気が合えば一緒に旅をしやがて別れ、運がよければ暫くして別の町で思わぬ再会を遂げる。
そんな日々が今日も続くし、明日もまた続くのだろう。
ベトナム戦争は続いていた。日本からだけでなく、アメリカからもヒッピーと呼ばれる若者たちが、「一日10ドルで暮らす海外旅行」というベストセラーを片手に海外に流れ出ていた。ヨーロッパからの若者も多かった。
時に興奮に、時にけだるさに彩られた自由がそこにはあった。

私事になるが、ぼくは著者の旅の翌年にヨーロッパを放浪した後、アジアのいくつかの都市を飛び石伝いに帰国した。
著者も立ち寄ったニューデリーのコンノートサーカスのインディアンコーヒーハウスは懐かしい。
ぼくも、YMCAに滞在しつつ、このインディアンコーヒーハウスで3日を過ごしたのだ。
YMCAは、ぼくらのような貧乏旅行者には不釣合いに高級だったが、旅の終わりも近く、体調の都合で冷房なしでは耐えられないと思ったぼくは、清水の舞台から飛び降りるつもりでここに宿を定めたのだった。
そんな思い出が次から次によみがえってくる。

今考えても、学生時代の海外放浪は、ぼくの人生でも特別な時間だった。
金は全くなかったにもかかわらず、黄金のような豊かな時間だった。
夢を持っていた。好奇心はフル回転だった。多くの気のいい友達と出会いそして別れた。
もう一生あんな旅は出来ないのだろうか?
定年後、もういちどあんな気ままな旅をしてみたい。

著者はぼくより一足さきに今年定年を迎えるはずだ。
恵原くん。シルバーにふさわしい満ち足りた豊かな旅のあり方を模索し、そのノウハウを伝えてくれたまえ。



2005年03月07日(Mon)▲ページの先頭へ
ローマ人の物語12巻「迷走する帝国」

塩野七生:新潮社

塩野七生の著作は、比較的時間の取れる時期に読むことにしている。彼女の世界に耽溺したいからだ。
この一年多忙続きで読みたい読みたいと思いつつ、仕事が多忙だったためページをめくらずにきた。
昨年10月にカウアイ島にいったときも読破するチャンスと思い、わざわざハワイまで持参したものの、一行も読まずに帰ってきた。

13巻「最後の努力」が発刊されたことに追い立てられ、多忙な時期でもあったが読み始めた。
これも名著だ!
草創期のみずみずしさを描いた巻、カエサルの機智と成熟をつづった巻にならび、カラカラから始まり軍人皇帝の時代をとりあげたこの巻は、衰亡期の哀しみともどかしさを描き、シリーズの中でも特筆すべき面白さだ。

全く触れたことのない歴史を、あるときは乾いた視点で鳥瞰的に語り、またあるときは心理の襞を熱っぽく描いてみせる塩野流の語り口が存分に生きている。
大廈の倒れるところ一木の支えるところに非ずという真理は、今日の日本の政情を思い起こさせずにはおかない。

この巻で面白いのは最後に一章を設け、ローマ帝国におけるキリスト教伸張の理由について、塩野七生の見解を付け加えていることである。
もしかすると、塩野がライフワークとしてこの大作に挑んでいる理由のひとつは、これを書きたかったことにもあるかもしれない。




ウーマンアローン

広川まさき:集英社

週刊文春の村山由佳のコラムで知った第2回開高健ノンフィクション賞受賞作。
男を思わせる名前を持ち、牧場経営にあこがれる著者は、村山由佳の牧場に居候をしており、「楽園のしっぽ」で紹介されていた。

その広川まさきが、新田次郎の「アラスカ物語」のモデル、フランク安田が作った町へ向け、たったひとりユーコン川をカヌーで下るものがたり。

こんな日本女性がでてきたのですねぇ。


Dear my Life

森冴子・洋子:創英社/三省堂書店

著者のひとり、森冴子の自伝。娘の洋子が筆を加え、息子が装丁を行い、夫があとがきを書くという、うらやましいほどの家族合作作品である。

一度目の結婚にやぶれた冴子は二度目の結婚で幸せを掴む。
何事にも積極的な冴子は、会社員の妻、2児の母の傍ら東京郊外の自宅に喫茶店を開き、やがてそれを閉めて花屋に挑戦する。
男社会の花市場で競りに参加し、花を学ぼうとオランダにカナダに単身留学する。
店は成功を収め、やがて娘がその仕事を手伝い始める。

そういえば、うんと若い頃、このお宅の下馬から狛江への引越しを手伝った記憶があるなあ。




2005年02月01日(Tue)▲ページの先頭へ
電車男

中野独人:新潮社

遅ればせながら読みましたょ、電車男。
久しぶりに笑った笑った!
実際の2チャンネルの書き込みから、冗長な部分を大胆に削除しているので、すらすらっと読めてありがたい。
とはいうものの、リアルタイムで2ヶ月チェックできればさぞかし面白かったろうなぁ、とちょっぴり残念。

昔は、ネットの片隅でこんな騒ぎがあれば、回りまわってぼくの耳にも届いていたものだけど、今度ばかりは出版に至るまで。一切噂が入ってきていない。
それだけ、ネット空間がひろがったのか、僕および友人たちがエネルギーを失っていったのか・・・・・。



2005年01月23日(Sun)▲ページの先頭へ
週刊誌血風録

長尾三郎:講談社文庫

雑誌社系週刊誌草創期。
さまざまなジャンルからさまざまな才能が集まり、新しいジャーナリズムへの挑戦を繰り広げた。
アンカーとかトップ屋と呼ばれた主力ライターからは、草柳大蔵、梶山季之、竹中労、小中陽太郎、黒木純一郎、太刀川正樹、寺門克などを輩出している。
著者の長尾氏は、草創期から発展期に移行した時期に、早稲田の学生から週刊誌のライターとなり、女性自身、週刊現代、ヤングレディ、日刊ゲンダイなど音羽系の媒体を中心に活動してきた。

本書は、長尾氏のライター生活の自伝であるが、著者の経験という狭い範囲に記述を絞っているため、雑誌ジャーナリズムの全体のダイナミズムにまで筆が及んでいないことが物足りない。
例えば光文社のストライキについての詳しい言及は避けられている。この時期、著者は既に講談社に仕事の場を移してはいるものの、講談社と光文社は隣同士だし、女性自身は著者の元の職場だ。



2005年01月08日(Sat)▲ページの先頭へ
自分探偵社

橘川幸夫:オンブック

橘川幸夫さん。04年にはやきそばパンの逆襲
風のアジテーション、そして本書と小説をたてつづけに3作出版。
いやはや、すっかり小説家モードに転換しちゃいましたね。

とはいえ、小説の世界に収まりきれないのが橘川さん。
なんと、自分で出版社をつくってしまいました。
その出版社「オンブック」の第一号出版物がこの「自分探偵社」。
いかにも橘川さんらしく、この出版社の特色はオンデマンド出版。
データだけを保存しておき、注文があるとプリント・製本して配達するという仕組みだ。
在庫を持たないですむので、リスクをミニマイズできる。
そのかわり店頭の平台に並べるとか、アマゾンなどオンライン書店の検索にはひっかからない。
橘川さんのことだ、いずれどこかの取次ぎを通じ、有力書店の店頭に並べるルートを開拓するのだろう。

さて、「自分探偵社」。
アイデンティティの模索に悩む人に、自分自身に関する周囲からの評判調査をサービスするベンチャー企業を立ち上げようとする2人の若者を主人公とした物語だ。
前2作の続編にあたる。

自分探偵社のコンセプトに行き着くまでに、主人公たちはさまざまなアイディアを出すが、さすがにこのあたりは橘川幸夫の才気を感じさせるに充分だ。
だいたいにおいて橘川小説は、ストーリーの中に橘川さんの日ごろからの持論をもぐりこませ、自在に展開させるところに魅力がある。
ただ、今回の小説ではちょっと持論の盛り込み方が少ないかなと思う。
後半でご本人が登場し、「横型ヒエラルキー論」を展開していますけどね。




2005年01月06日(Thu)▲ページの先頭へ
連鎖破綻―ダブルギアリング

香住究:ダイアモンド社


日産生命
1997(平成9)年4月25日
あおば生命に移転

東邦生命
1999(平成11)年6月4日
GEエジソン生命に移転

第百生命
2000(平成12)年5月31日
マニュライフ・センチュリー生命
(現 マニュライフ生命)に移転

大正生命
2000(平成12)年8月28日
あざみ生命(現 大和生命)に移転

千代田生命
2000(平成12)年10月9日
AIGスター生命に組織変更

協栄生命
2000(平成12)年10月20日
ジブラルタ生命に組織変更

東京生命
2001(平成13)年3月23日
T&Dフィナンシャル生命に社名変更

第一火災海上
2000(平成12)年5月1日
損害保険契約者保護機構に移転

大成火災海上
2001(平成13)年11月22日
損害保険ジャパンと合併


銀行ほど目立たないけど、中堅生保会社が次々に破綻しました。
大手・準大手で破綻しても不思議でないのに生き延びている生保会社が複数あります。
なぜ潰れないのでしょう。
この本を読むとその裏側が良くわかります。
大手生保は銀行と株の持合を大量にしており、破綻に追い込まれるとメガバンクですら連鎖破綻しかねないのですね。

この小説には、誰もが容易に想起できるモデル生保があります。
・株の持合をしている銀行グループの名称
・大手損保と経営統合を一度は発表し、その後撤回したという事実
・その大手損保が排除しようとした実力会長の存在
・起死回生で発売し、そこそこの成功を収めた保険商品の名称
その他、随所にちりばめられた現実と符合するディテールが、そのことを証明しています。

とはいえ、現実では新聞社会面をにぎわした、営業担当専務の壮絶な割腹自殺に触れていなかったり、結末を破綻後のアメリカの大手生保による再生(これって協栄生命のスキームだよね)においているところを見ると、必ずしも内幕ものの暴露小説を意図していないことがわかります。
また、芥川賞狙いで人間の哀しみを描こうというには、あまりに現実の生々しさの方に焦点が当たりすぎていると思われます。
おそらく、作者は生命保険業界の異常さとその中での生き延びるための空しさの残る営みを描きたかったのでしょう。
「人間を描く」というより「組織を描く」ことに注力したのではないでしょうか。
小説という表現形態の新たな可能性への挑戦かもしれません。

事実、この小説の作者香住究とは、元大手生命保険会社課長と元大手新聞記者との合作によるものです。
普段、一般の眼に触れない生保の実情がリアルに描かれているのも当然といえるでしょう。




2004年12月29日(Wed)▲ページの先頭へ
ハゲタカ(上・下)

真山仁:ダイヤモンド社

福田光洋氏から送っていただいたので、早速通読した。

「ハゲタカ」と呼ばれる投資ファンドは、不良債権を2束3文で買い取り、回収や転売で利益をあげ、時に企業再生をリードする。
この小説は、外資系投資ファンドのクールな日本人マネージャーを軸に、不良債権をバルクで売り払う役回りを与えられた都市銀行の良心派担当者、家業であるホテル経営を負債ごと受け継ぐ若き女性後継者を配し、不良債権処理にまつわる熾烈な駆け引きを描いている。

城山三郎が直木賞受賞作「総会屋錦城」により経済小説のジャンルを切り拓いたのが1958年。
「銀行よさようなら、証券よこんにちわ」と喧伝された空前の証券ブーム到来前夜にあっては、企業社会の矛盾を描くのに、総会屋は時代の先端を感じさせる格好の素材だったのだろう。
作者の真山仁は、城山の総会屋に代わる今日的な主人公として「ハゲタカファンド」を登場させたのだ。
新生銀行を買い取ったリップルウッド、暴君ハバネロで東ハトを甦らせたユニゾンキャピタル、そして三菱自動車再生にはフェニックスキャピタルが取り組んでいる。
このように投資ファンドの動きは急だが、その実情はほとんど紹介されることがない。
読売新聞の記者であった著者は、当時の取材経験から積み重ねた該博な知識を投入し、そのビジネスの実情を描いてみせる。
そのリアリティこそがこの小説の真骨頂といえるだろう。

新生銀行の八城政基社長と東ハトの木曽健一社長には、就任直後にそれぞれのビジネスモデルについてヒアリングする機会に恵まれた。
70代の八城社長と30台半ばの木曽社長。親子以上に年齢の開きがある2人だが、不思議なほど共通点がある。
1)自ら現場に出ることを厭わない。
2)常識にとらわれず柔軟な発想ができる。
3)行動に移すことをためらわない。
4)何よりスピードを重んじる。

新生銀行の瑕疵担保条項に代表されるように、投資ファンドが有利な条件で、しかも捨て値同然で債権を手に入れたことは事実だが、企業再生の成功のためには日本的あいまいさを捨てた経営が必要なのだ。
日本の経営者も少しはハゲタカを見習うべきかもしれない。
単なるピカレスクロマンに終わらず、そんな感想を抱かせるだけの実質をこの小説は内包している。

「本書は、フィクションである。登場する企業、団体、人物は全て架空である。」
本書の冒頭にはこんな但し書きが添えられている。
確かにそうだろう。しかし、この小説で取り上げられるさまざまなエピソードは、容易にそのモデルを推測することができる。そんな点もこの小説のページを開く楽しみといえよう。

城山に続く、梶山季之、清水一行、高杉良、江波戸哲夫、幸田真音などの経済小説の系譜を受け継いだ、新しい才能の登場を喜びたい。




2004年12月23日(Thu)▲ページの先頭へ
雪印の落日―食中毒事件と牛肉偽装事件

藤原 邦達:緑風出版


検証・「雪印」崩壊―その時、何がおこったか

北海道新聞取材班:講談社

北海道民から見て雪印は郷土の誇るナショナルブランドだ。
97年の拓銀の破綻に続き、2000年の集団食中毒事件で、02年の牛肉偽装事件という2つの雪印不祥事で、郷土の誇りが相次いで失墜していく。
本書は、北海道のブロック紙である道新取材班が、その2つの雪印不祥事を取り上げ、掲載記事をもとに書き下ろしたドキュメンタリーである。
新聞記者の書き下ろしだけに読みやすい。また道民の視点を強く意識した視点は、中央紙にはない地域密着のユニークな切り口を提示してくれる。
しかしながら、事件の内容の分析は、一般の新聞記事以上の突っ込みは見られないため、まったく新しい事実関係の発見は見られず、失敗学の参考資料としては物足りない。



UFJ消滅―メガバンク経営者の敗北

須田慎一郎:産経新聞社

金融監督庁の目黒謙一検査官がUFJの検査に入ると決まった時、金融業界だけでなくマスコミも固唾を呑んで注目したものだ。
もっとも厳格な検査を行うとされる目黒検査官に対するUFJの怯えは、資料の隠蔽を招き、内部告発によるその露見が、検査忌避容疑での副頭取を含む担当者の逮捕につながり、三菱東京フィナンシャルグループへの身売りという結末を生んだ。
著者は検査の進行中から周辺取材を続け、金融監督庁とUFJとの暗闘の内幕をつづっている。
この間の事情を理解するための補助線として著者が注目するのが、竹中平蔵大臣の思惑と、派閥抗争をエネルギーとしてきた三和銀行経営陣の体質である。
興味深いのはUFJの生き残りに名古屋財界が非協力的で、その理由として東海銀行勢を制圧した三和銀行勢への反発が背景にあるとの指摘。
たしかに、トヨタがUFJ(東海銀行)を救わなかったのは何故かという設問は、あまり言及されていないものの、興味深いテーマではある。

私事になるが、UFJ発足準備に一部かかわりを持っていた。
東海銀行とあさひ銀行がマルチリージョナル銀行を標榜して統合の準備を進めていた段階にはじまり、三和銀行が突如統合計画に参入した結果、あさひ銀行が三和との不和から離脱の末、三和と東海でUFJの統合を実現する直前までの段階だ。
東海とあさひとの牧歌的な勢力争いに参入した三和は、強引なリーダーシップでイニシアチブをとった。
ほんの短期間瞥見したにすぎないが、著者の描き出す三和的体質は、そんな思い出を呼び起こし、不思議なリアリティを感じさせてくれる。



2004年10月31日(Sun)▲ページの先頭へ
キャリア転機の戦略論

榊原清則:ちくま新書

著者の榊原氏は慶應義塾大学総合政策学部(SFC)教授。日本における経営戦略論の代表的な研究者の一人である。

当然、多くの論文をものし、数々のアカデミックな業績を挙げているわけだが、同時に新書本の書き手としても類まれな力を持っていると思う。
既刊の、中公新書の企業ドメインの戦略論、日経文庫の経営学入門(上・下)はぼくのお奨め本だ。

今度の「キャリア転機の戦略論」もその期待を裏切らない。
著者がかつてロンドンビジネススクール準教授として教鞭をとっていたときに現地で行った多くのキャリアパスについてのヒアリング調査の中から、12人のケースを取り上げ、その職歴の変遷とその背景にあるキャリア形成戦略を考察している。
12人は著者の当時の交友関係の中からヒアリング対象に選ばれただけに、当然、英国社会の代表性はない。
しかし、年功序列型キャリア形成の残滓を引きずった日本での「常識」と、英国社会でのそれとの違いについての論点がくっきりと浮かび上がってくる。

幸い、ぼくは著者がまだ一橋大学教授であったころから10数年にわたる知己を得ている。
その間著者は、ミシガン大学日本研究センター、本書のベースとなるヒアリングを行ったロンドン大学ビジネススクール、慶應義塾大学総合政策学部、科学技術庁科学技術政策研究所、再び慶應義塾大学総合政策学部といくつかの職場を経験している。
著者自身が多くのキャリアを積んでいることが、ヒアリング対象の深層心理への理解を深めているようだ。


日本でも最近、若年層のフリーターが予想を上回る増加を示し、一方で中高年層のリストラは進み、従来の年功序列型キャリア形成発想の抜本的見直しが迫られているわけだが、一足早くウィンブルドン化により雇用の流動化が進んだ英国での実態は、今後の日本社会にとってのひとつの参考と言えるだろう。

この4月の国立大学の独立行政法人化をはじめとした文部科学省の一連の「遠山改革」が直接の契機なのだろうか、日本の大学のあちこちで「専門職大学院」の開設や検討が進んでいる。
この動き自体は、本書で示されている英国の社会人教育制度とベクトルも一致し望ましいことなのだろう。
しかしながら、日本における専門職大学院設立の動きの問題点は、開設してもすぐにペイする見込みがない(規模や内容にもよるが、おおむね年間赤字2億円程度を覚悟しなければならないようだ)ためか、「どのような専門職大学院が求められているのか?」という問いかけより、「どうすれば文部科学省や経済産業省から補助金を引き出せるか?」という観点が重視されているかに見られる点である。
いうまでもなく、多様なキャリアパスとそれを支える社会人教育制度についての社会的認識が流動化することを前提に、それを先取りする形で専門職大学院設立が進むことが望ましいだろう。
その観点から、本書は興味深い議論のネタを、素材として提供してくれている。


榊原氏の新書版の概論や入門書が読みやすいのは、著者の基本認識と議論の流れを、いつも冒頭に整理し提示してくれることだ。
それぞれの章も、この章で著者は何をとりあげ、何を語りたいのかを明らかにすることからはじまる。
そのガイドに従えば、抵抗なく議論が頭に入ってくる。

著者の会話のスタイルの特徴は、「対話を通じての自問自答」にあるとぼくは思っている。
著者と話していると、問わず語りにその時頭の中を占めている問題意識の周辺の話題を切り出すことがある。そんな時は対話しているというより、テニスの壁打ちのように、自問自答するための壁として対話相手を利用しているのだ。絶対にそうだ。
そんな思索のプロセスがあることから、読者にとって理解しやすい議論の流れを紡ぎ出せるのだろう。

榊原さん
ご無沙汰ばかりで、最近壁打ちをご一緒してませんね。
機会があれば、また、雑談を聞かせてください。



2004年09月22日(Wed)▲ページの先頭へ
月刊!木村剛

木村剛:KFi


このブログでは、書籍を取り上げ、雑誌には触れないというのが基本ポリシーだが、これだけは取り上げておきたい。

正直言ってこれまで木村剛にいい印象は持っていなかった。
理由は簡単。スーパーハードジェルで固めたヘアスタイルと、酷薄な印象を与える眼鏡フレームとその奥の怜悧だが冷たく見える目元である。

心理学者のメラビアンが発見した法則では、初対面の人と会ったときに受ける印象を形づくるのは、「話の内容」が7%、「話し方」が38%、「ボディーランゲージ」が55%の割合という。
恥ずかしながら、ブラウン管を通じての彼の視覚的印象に引きずられ、主張そのものを充分理解していなかったのである。

そんな印象を変えたのは、彼のブログ「週刊!木村剛」。
分かりやすい文章で、適度なウィットに彩られ、他人への配慮にも遺漏のない、すばらしいエントリーを書いている。
真っ当な怒りのボルテージをキープしつつ、感情に流れることも無く、説得力に溢れた文章だ。
おそらく日本でもっともパワフルなブログのひとつだろう。

その「週刊!木村剛」をベースにさまざまな活動が繰り広げられている。年金データの情報公開請求とその分析のプロジェクトチーム編成もそうだし、ブログスターの発掘の努力もそうだ、ブログから始まる参加型ジャーナリズムへの挑戦も期待できる。

そして、メディアミックス第一弾として、出版に乗り出したのがこの雑誌だ。
創刊号「こんな年金改革で満足できるか?」 Vol2「インターネットはマスコミに勝てるか?」に目を通した。
「週刊!木村剛」で張った論陣も、あらためて紙に印刷された雑誌としてまとめて読むと、論説としての重量感に満ち、より内容への理解が進む。

定期購読したい雑誌が見つかった。


「週刊!木村剛」


2004年09月05日(Sun)▲ページの先頭へ
風のアジテーション

橘川幸夫:角川書店


畏友、橘川幸夫氏の新作。
69年ごろの東京の街へのオマージュだ。
さまざまなサブカルチャーが乱れ咲いた、幸せな時代だった。

オリンピックを境に昔の東京が失われたといわれるものの、江戸の名残はそこここに残り、大震災の後花開いた庶民文化の猥雑さと、戦後の闇雲なアナーキーさと、高度経済成長がもたらした光と影と、学生だった団塊世代のアイデンティティ模索と世間への異議申し立てとが、重層的に重なり、ないまぜとなり存在していた。
豊かさと貧しさの共存がサブカルチャーを生み出し、若者の憧れと絶望とを彩っていた時代だ。
そんな、時代のディテールが具体的に書き込まれている。

あとがきで著者は「69年が舞台ですが、僕が読んで欲しいと思っているのは、69年にはまだ生れていなかった若い人たちです。」と書いている。
申し訳ない、ぼくはあなたの1歳上です。
だからどうしても「新鮮モード」ではなく、「懐古モード」で読んでしまう。
そして、著者は驚くべき記憶力で、懐古のタネを提供してくれる。
著者の繰り出す人名や店名、商品名は、セピア色の思い出を魔法のように蘇らせてくれるのだ。
著者の地元は、私の地元から国電で2駅。立ち回り先もかなり似通っているということもそれを助けているだろう。
読むにつれ、中島みゆきの「時代」のメロディーが通奏低音として頭の中に響いてきた。

肉体系剛直派として青春を送った椎名誠の半自伝小説と対比すると、「現代の畸人」橘川幸夫のこの本は、文化系軟弱派の面目躍如というべき自伝的青春小説だ。


デジタルメディア研究所
メタ日記



2004年09月03日(Fri)▲ページの先頭へ
「この仕事ならこの英語」〜広告・PR・メディア〜

石橋眞知子・白幡充仁・福田光洋:ユーリード出版

テクニカルタームの説明や、それを使った英語表現を読んでいくと、広告・PRやメディアの世界がいつのまにか様変わりしていることにびっくりしてしまう!

広告にしてもPRにしても、日本がアメリカに学びつつ発展してきたという歴史を持つだけに、ともすれば日米の差異は小さいと考えがちだが、それぞれの企業社会の構造、消費者意識、メディア環境、言語などが異なるがゆえに、それぞれがかなり異質な業界文化を築いている。
テクニカルタームを手がかりに日米での使われ方を見ていくと、はしなくも文化の違いが浮き彫りになる。
たとえば、IRということばひとつをとっても、双方のコーポレートガバナンスの違いを踏まえずして理解することは困難だ。

と同時に、滔々と押し寄せるグローバル化の流れは、いやおうなく日米の文化の断層を埋め始めている。ブランディングやサスティナビリティという言葉は、国境を超えて企業社会にインパクトを与えているのだ。

そんなアンビバレンツな状況が、本書の行間から浮かび上がってくる。
企業の広報宣伝担当者や業界志望の学生諸君にお奨めの一冊。



2004年08月25日(Wed)▲ページの先頭へ
企業広報講座X 危機管理と広報

経済広報センター監修:日本経済新聞社

必要があり、1993年に初版が出たこの本を再読した。
短期間にまとめられた本だとは言うが、どうしてどうして、骨太で行き届いた内容だ。
特にこの巻は、総論がバランスよく書かれていることに加え、具体的な事例を掲げての対応のノウハウが充実している。
DPRの行っているシミュレーショントレーニングのノウハウがそのまま詰め込まれた感じだ。

5冊構成のこのシリーズは、既に品切れとなり、アマゾンでの入手は、古本のみ可能らしい、カトリップの定番本のように、そろそろ第2版の編纂を期待したいところだ。



2004年08月21日(Sat)▲ページの先頭へ
実践・危機管理読本

藤江俊彦:日本コンサルティンググループ

よく整理されている。
経営とリスクの関係、クライシスと広報対応などが、最新の状況や具体的活動のありかたなど、マクロからミクロまでバランスよく触れられており、CCOクラスに是非一読を薦めたい参考書籍である。


2004年08月20日(Fri)▲ページの先頭へ
ハワイ極楽投資生活入門

海外投資を楽しむ会:東洋経済新報社

定年後はハワイで年金生活も悪くないなあと思って、ロングステイ関係の本を時々読んでいた。
年金・月21万円の海外2人暮らし
夢のハワイ別荘取得マニュアル―あなたも南国の楽園に家が持てる!
だから楽園ハワイで暮らす
海外ちょっと暮らしのススメ
といったあたりですな。
あれれ、こうして並べると、それなりに読んでるなあ〜。

たまたま、10月に家族でカウアイ島にバカンスに行くので、ホノルルでいくつか不動産物件を見たり、銀行口座を開設おこうかと思い、手にしたのがこの本。

取り上げている主な内容は、
銀行口座の開設法
不動産の購入法
現地法人の設立法

結論としてこの著者の言っているのは、
永住するのでなければ、不動産購入は損である。
アメリカ法人をつくるなら、デラウェアよりハワイが日本人には向いている。
ということ。

確かに、別荘を買うより、バケーションレンタルを活用したほうが、面倒はないし、金銭的にも得なようだ。
ハワイ別荘の取得はあきらめよう。


海外投資を楽しむ会・公式サイト



2004年08月17日(Tue)▲ページの先頭へ
社会起業家

斎藤 槇:岩波新書


面白い。
「NPOのような企業、企業のようなNPO」というのは本書の第一章のタイトルであるが、これはそのまま、この本の主張であり、これからの社会と企業の変化の方向を指し示したことばでもあろう。

ロス在住の著者の処女出版は2000年に出した企業評価の新しいモノサシ―社会責任からみた格付基準
企業評価の多元化を訴えたものだ。
人はパンのみに生きるにあらず。企業もまた、経済的側面だけでなく、社会価値の側面でも評価されるようになった。
一方、若い世代にも、企業人としての業績より、社会貢献による手ごたえに自己実現を図ろうとする人が増えてきた。

この様な状況を背景に生れてきた“社会起業家”と呼ばれる人たちの具体的な事例を紹介しつつ、その背後の社会的要因に考察を加えている。

著者の斎藤槇くんは、昔、私の部下だった。
底抜けの善意と、イノセントとも思える正義感、何よりも類まれな行動力がスカートをはいているような女性だった。

やがて、会社をやめ、アメリカに留学し、企業の社会責任やCSRをひたむきに追い始めた。時代は彼女の航跡を追うように変わり始め、いまや彼女はこの領域のオーソリティの域に達している。

彼女の強い信念と太平洋を越える行動力が、今後の日本の企業社会の変革を促してくれることだろう。
一層の活躍を祈りたい。


ASU International(著者ホームページ)


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